僕はキックボクシング発祥の目黒ジムの末席を汚していた選手だ。
僕がそのジムに所属していた当時は日本キックと全日本キックのテレビ放映が無くなって数年経過してキックボクシング の興行が低迷期に入った頃。
それでもジムには凄い先輩たちがたくさんいて高校生だった僕にはとても刺激的な毎日でまさに青春そのものだったのだ。
恩人の都合で22歳で引退、残念なのは興行自体が少なかったから僕は試合を8戦しか出来なかったことでそれでも日本ランカーになれたことは良かったと思っている。
そんなわけでいま道場運営するにあたりやはり名門・目黒ジム出身という事実は指導者として自信の裏付けとなっている。
憚りながらその自信の裏付けの根拠は目黒ジムこそがキックボクシング 発祥という何人たりとも凌駕が出来ない歴史だ。





